憲法の大切さを生徒に・・・とか言うけれど
「生徒が皆、日本国憲法は大切だ、9条を守ろう、と思えば授業は成功なんですか?」
とは、2016年の歴教協全国大会の分科会で私が投げかけた疑問です。
※全国大会の分科会とは、各ジャンルごとの授業実践の報告会。上記の疑問を投げかけたのは、分科会の最後に設けられた総合協議の時間。
言うまでもなく、歴教協という団体は、公式サイトの「声明」を見ていただければ分かる通り、日本国憲法を大切にし、9条を守ろうという主張をしてきた団体です。
・(決議)9条改憲を許さず、憲法の平和主義を守り育てる教育実践に取り組もう
・憲法改正の危機の中で、 子どもたちを主権者に育てる教育を広げよう
そんな中で、分科会の協議中に、「生徒が皆、日本国憲法は大切だ、9条を守ろう、と思えば授業は成功なんですか?」 などと挑戦的な発言をしてみたわけです。
憲法の話題になったところだったので、ちょうど良いと思ったんです。
ちなみに、参加者の皆様は口々に「それでは成功とは言えない」と言いました。
しっかり事実や論理に基づいて自分の考えを持つことが大事だ、とか、
そういう趣旨の意見が出てきたわけです。
残念ながら、協議時間は私だけのものではありません。
以下のようなさらなる発言をして議論を深めることはできませんでした。
「そうは言うけれど、日本国憲法は大切だ、9条を守ろう、と思ってほしいんでしょ?それに引っ張られた資料の提示や、発問の仕方になっていませんか?」
護憲でも改憲でもいいんですが、社会科の授業者は、社会問題を扱う以上、自らの社会思想から完全に独立して授業を行うことはできません(もちろん、他の教科も同種の問題を抱えているのではないかと思われますが)。
資料の選び方、提示の仕方、説明の仕方、・・・。
どうしたって自分の思想に引っ張られます。
それは、いけないことなのか、そうでないのか?
ちなみに、
私はいつも、「私はこう思う。皆がそれに賛成する必要はない。私とは違う、こういう意見もあるし」のようなスタンスです。
不可能である公正中立を標榜するよりは、
(生徒を自分寄りに偏らせるのが目的にならないようにする、という意味で"公正中立"は目指した上で)
自分の偏りをはっきりさせ、生徒にとって自分をも批判対象とさせる方がフェアだと思うので。
実際に、今まで、批判してくれた生徒もいました(正直、多くはありませんが)。
影響力ある授業者が「私はこう思う」と言うのを、生徒が批判するのは難しいでしょう。
だから、せめて、批判力をつけてもらうような授業を目指すこととなるわけです。
あの時の協議で、
「生徒が皆、日本国憲法は大切だ、9条を守ろう、と思えば授業は成功なんですか?」
と投げかけたのは良かったのですが、そこでもう一歩先に進めなかったのは、今でも心残りです。
歴教協の全国大会、埼玉県歴教協の研究集会などの分科会では自由な議論が可能です。
もちろん、先ほど紹介した「声明」を出す団体ですので、一定の意見の持ち主が多いことは否めません。
しかし、あくまでリベラルですので、異なる思想を排除したり、嘲笑したりすることはあってはならないはずです(ごく一部からでもそのような態度がみられた時には、私は勉強会後の感想などでボロクソに批判を書いています)。
少なくとも、私は好き放題言わせてもらっています。
たとえ私が批判されても、
その批判を乗り越えられる考えを私が持てるならそれはそれで成長の証ですし、
その批判に屈したら私自身の考えの至らなさに気づけるので、それもまた成長です。
何の損もありません。
そんな議論の場を、今年の夏も是非!
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今年の夏の歴教協全国大会in埼玉(8/3〜8/6)の詳細は以下のサイトをご参照ください。
チラシはこちら。