元号・西暦でなく〜保立道久案からの思考実験〜

今回は、とある問題提起について真面目に捉えつつ、最後にちょっと遊びたいと思います。

 

私たちは西暦(キリスト紀年)と元号と干支("干"の方はほとんど用いられないが)によって年を表すことが多いですが、Twitterやブログで盛んに西暦でも元号でもない紀年法を提唱している歴史学者がいます。

時代区分の見直しでも知られる保立道久氏です。

 

ブログで言うと、「核時代後という紀年法について」という記事が最もまとまっているでしょうか。

Twitterでは、

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というBotでの普及に努めているようです。

 

核時代紀年法は保立道久氏の長年のアイデアですが、この問題提起がどれくらい歴史学歴史教育の世界で扱われてきたでしょうか。

 

「核時代後」の是非の前に、まず、保立氏の元号・西暦への批判から確認したいと思います。

①年号は、直線的で、ずっとつづく連続数でなければならない

②その点では、元号でなく、西暦が便利

③だが、西暦には、ヨーロッパ中心史観の影がある

というものです。

よって、西暦に代わるものを、ということになります。

 

まず、①②について。

たしかに、元号によって年代を表す数字がとぎれとぎれになるのは、前後関係がわかりにくいというデメリットがあります。

紀元1000年と紀元1100年の出来事でどっちが先なのかは一目でわかりますが、長保2年と康和2年の出来事でどっちが先かと言われると、それぞれの元号をまず知らなければならないので、不便です。

歴史を研究したり学んだりする上での利便性の面から言えば、①②は正論です。

そして、③についても、まさにその通りなのですが、そこで問題が生じます。

ならヒジュラ暦にすれば良いのか、皇紀にすれば良いのか、等々考えると、どれもうまくいかないのです。西暦がヨーロッパ中心だからダメだというのなら、既存の他の紀年法もダメということになるからです。

そこで、保立氏が提唱したのが核時代後という紀年法です。

核兵器が用いられた1945年を起点とするもので、その理由はブログを参照していただければと思います。

 

メリットとしては、保立氏も繰り返し主張している「地質学などで使用されるBefore Presentの考え方にも近」い、ということが挙げられます。

Before Present(BP)とは、放射性炭素年代で産出される年代の表記法で、大気圏内核実験による放射線の影響をあまり受けていない1950年を起点として「xx年前」と表すものです。たしかに、1945年を起点とすれば、BPの考え方と大差なくなります。

また、核兵器の脅威は人類共通のものであり、キリストの生年を基準にするよりは世界共通の紀年法にふさわしいものに見えます。

 

ここで、他の識者の意見も見てみましょう。

山川出版社の世界史リブレットから『世界史における時間』(山川出版社, 2009年)を著した佐藤正幸氏は、なんだかんだ言ってキリスト紀年(西暦)を用いることを主張しています。

・現在のキリスト紀年は宗教性をほとんど失っている

・起算年はキリストの生年ではない

・表記法はインド生まれのアラビア数字

・キリスト紀年は、千数百年の歴史の中で、時代の要求に応じて柔軟に変化して現在まで使われ続け、世界の共通紀年となっている

という理由により、キリスト紀年(西暦)が世界共通でいい、となります。

しかし、佐藤氏は同時に、この紀年法の欠陥も指摘しています。

「紀元ゼロ年が存在しない」というものです。

 

西暦が普遍的なものになり得るか、なり得ないか、という点で保立氏と佐藤氏で意見が割れていますが、もう少し掘り下げてみましょう。

 

保立氏が述べるように、紀年法は、直線的で、ずっとつづく連続数であった方が便利です。

ならば、なぜ、どこかの時点を境にして「紀元前」「紀元後」あるいは「核時代前」「核時代後」などと区切らなければならないのでしょうか。

ある時点までは年代をカウントダウン(・・・、紀元前100年、紀元前99年、紀元前98年、・・・)して、ある時点からはカウントアップ(紀元1年、2年、3年、・・・)していく。

そこに出てくる数字は結果的に、キリスト紀元なり核兵器使用なりの年からの距離を表していることになりますが、それにどのような意味があるのでしょうか。

保立氏によると、「歴史学にとっては、時間のクロノロジカルな、客観的な進行を表記することは必須のこと」とのこと(「歴史地震の呼称に元号を冠するのは適当ではない」という記事より引用)。

それであれば、むしろ、カウントダウンのない紀年法にするべきではないでしょうか。

 

そうすると、以下のアイデアが生まれます。

・ビッグバンからの紀年法(時間は宇宙の誕生から始まった?)

・太陽系あるいは地球誕生からの紀年法(公転周期を基準としている以上は・・・)

・人類誕生からの紀年法(時間を決めるのは人。以下はその発想から)

ホモ・サピエンス誕生からの紀年法

・歴史時代の始まりからの紀年法

・時間・暦の概念の誕生からの紀年法

ビッグバン紀年法以外は、「それ以前を表すには結局"xx前"という言い方になるではないか」という批判がありそうですが、「それ以前は人類の歴史の流れを示すこの紀年法で年代を表す意味がない。"〜年前"と言えば良い」という発想です。

歴史学が主な対象とする時期において「カウントダウン」がなければ良い、という発想に基づけば、上記のいずれも妥当になります。

 

ところが、これらには重大な欠点があります。

その「紀元」がいつなのかがはっきりとわからない、ということです。

また、上から4つの場合、莫大な数字になってしまって却ってわかりにくいという問題点も持ちます。

 

そして、これを言ってしまっては元も子もないのですが・・・西暦はたしかに西洋由来のもので、文化的な偏りを持つのですが、佐藤氏が言うように、それが利便性と柔軟性を持って広まったのも事実なのです。

近代的な歴史学がほとんど西暦をベースになされてきたことも無視はできません。

イデアとしてより良いものが出てきたとしても、いきなり変えろというのには無理があります。

 

とはいえ、西暦にも佐藤氏も指摘するゼロ年がないという欠陥があり、すでに述べたカウントダウン・カウントアップの問題があります。

 

では、どうすれば良いのでしょうか?

 

ここで、ちょっとふざけた遊びをしてみましょう。

なんとなく、西暦に10000を足してみてはどうでしょうか。

今年は12019年。

西暦で言う紀元前1年は10000年。紀元前2年は9999年。

12000年以上前のことは、歴史時代ではありませんので、この紀年法を用いる必要はありません。人類学・地質学の分野で今まで行われてきたように「〜年前」という表現を用いれば良いでしょう。

おそらく、歴史の授業で登場するのは、この新紀年法でいえば7000年以降の話になります。

ゼロ年がない問題は解決され、カウントダウンとカウントアップの問題も事実上解決されます。

その上、今私たちが用いている西暦をほぼそのまま活かすことができます(今だって100の位より上は省略したりするわけで、10000の位が発生したところで大して問題ないでしょう)。私たちが今「紀元前」と呼んでいる時代についてのみ、いくらか修正が必要になりますが、紀元前のことを日常的な会話の中に出すのは歴史の専門家くらいですので、普通の日常生活には影響を与えません。

 

いや、いくらなんでも、適当に10000を足すなんて、ふざけすぎだろう、というお叱りがありそうです。

が、これはあくまで不真面目な思考実験ですので、ご容赦いただきたいと思います。

でも、保立案が、人類共通の問題を起点としているという正当性と、BPとの合致というメリットを持つのと同じくらいには、この新紀年法も正当性とメリットを持ちます。

完新世(だいたい11700年くらい前からとされる)とだいたい合う、という正当性・メリットです。

 

だいたい新紀年0年の頃の世界はヤンガードリアスと言われる寒冷期。

まもなくこれが終わり、温暖な完新世が始まります。

その中で農耕が始まり、農耕のために人間は年月の移り変わりを今まで以上に気にするようになったはずです。

 

西暦に10000を足す、という適当な思いつきですが、

・「ゼロ年がない」問題を解決

・西暦よりも核時代よりも直線的(新紀年での"紀元前"は用いることを想定していない)

・西暦の使用を前提とした生活に影響を与えない

完新世とだいたい重なる

というメリットがあります。

西暦に70000を足して、トバ・カタストロフ、最終氷期の始まり、「認知革命」(サピエンス全史風に)とだいたい合わせる・・・というのも魅力的なのですが、このあたりは識者によって見解が違いそうなので、10000年を足す方を押してみましょう。

 

最後にひとつだけ言っておきたいと思います。

これは研究や学習のための利便性という観点からの思いつきであり、私自身はキリスト紀年、元号、干支、ヒジュラ暦皇紀などの様々な背景を持つ多様な紀年法の個人的使用を否定するつもりはありません。

ただ、保立氏の問題提起自体は、歴史に携わる者としては、真面目に捉えるべきなのかな、と思っています。